入札履歴
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オークション開始
2026/10/23 (金) 09:52 |
※ = 自動入札
ご注文番号:AS26549(委託品)
脇差:白鞘入り(特別保存刀剣)
銘:備中井原住拾助国重作
天正十一年二月日
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております。
本作の出来は備中井原住拾助国重作としては上々作「にランクされる作品です。
鎺:金着一重
刃長:45.8センチ
反り:0.8センチ
目釘穴:3個
元幅:2.76センチ
重ね:0.70センチ
刀身重量: 375グラム
時代:室町時代、天正の頃
体配:平打ち脇差で先反りのついた、しっかりとした脇差。
地鉄:小板目肌よく錬れて淡い映りが出る。
刃紋:沸出来、互の目乱れ。帽子乱れて返る。
特徴:備中井原住拾助国重作は備中の刀工で名を佐藤拾助と称し、3代国助の門人です。本作は室町時代の作品で珍しい作品です。裏年期のある作品は少ない。
時代背景:天正11年(1583年)は、前年に起きた「本能寺の変」の混乱を経て、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が織田信長の後継者としての地位を決定づけた激動の1年です。織田家の跡継ぎ問題や領地配分を巡り、羽柴秀吉と織田家筆頭家老の柴田勝家が激突した、この年最大の合戦です。柴田勝家の滅亡: 敗れた柴田勝家は、本拠地である越前国・北ノ庄城(福井県)に退き、妻のお市の方(信長の妹)とともに自害しました。信長の三男である織田信孝は、柴田勝家と結んで秀吉に対抗していました。しかし、勝家が敗れたことで孤立し、秀吉の圧力によって5月に尾張国(愛知県)の内海で自害に追い
込まれました。これにより、秀吉に対抗できる織田一族の有力者が排除されることとなりました。賤ヶ岳の戦いに勝利し、実質的な天下人への道を歩み始めた秀吉は、9月から大坂城の築城を開始しました。石山本願寺の跡地に建てられたこの城は、秀吉の権力の象徴として、当時としては破格の規模と豪華さを誇る大要塞へと発展していきます。天正11年は、織田信長亡き後の主導権争いが秀吉の圧倒的勝利で決着し、本格的な「豊臣政権」へと舵を切った極めて重要な年です。
特別保存刀剣
葵美術鑑定書:全身押し形
※海外送料別途
開始価格: ¥380,000
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オークション開始
2026/10/23 (金) 09:52 |
※ = 自動入札