入札履歴
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オークション開始
2026/03/17 (火) 12:52 |
※ = 自動入札
ご注文番号:AS25797
刀:白鞘入り(特別保存刀剣)
銘:美濃国御勝山麓住人藤原永貞
慶應二年八月日
於江戸青山造之
鞘書:銘:美濃国御勝山麓住人藤原永貞
慶應二年八月日、於江戸青山造之
新々刀大鑑所載、紀州徳川家お抱え鍛治
地刃健全傑作の中の一刀
長さ二尺五寸有之
清山誌
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております。
本作の出来は永貞としては上々作にランクされる作品です。
鎺:金着二重
刃長:2尺5寸(センチ)
反り:5分(センチ)
目釘穴:2個
元幅:3.28センチ
先幅:2.15センチ
重ね:0.68センチ
刀剣重量:785グラム
体配:身幅広く重ね厚く、鋒が伸びて反りがやや深く、
見事な体配をした作品です。
地鉄:小板目肌実によく詰んで地景が入り、精良な地鉄となる。
刃紋:沸出来、互の目乱れとなり金筋が働く。帽子匂口が深く、長さも十分に長い。
特徴:新々刀大鑑から抜粋、長貞は美濃国赤坂千手院道永の末流にしてその一派より学ぶ。今の岐阜県不破郡垂井町表佐村に生まれ性は松井、名は治。母方の郷里は田村町というところ。田村城はその近辺。長貞の祖国は松井家先祖は伊勢国からその縁によって祖国伊勢田丸時折行き鍛刀をしたと言われている。田丸には住まず御勝山に住むと言われている。古関ヶ原戦陣において徳川家康ここに陣屋を置き、全軍の指揮を取ったと言われる。特にその場を勝ったのでその地を表して御勝山とその近くで鍛刀したのでその名前を使用して御勝山山麓と名付けたと言われている。この戦いで徳川片に活躍したこともあり、徳川方よりお抱え鍛治となった。永貞は弘化より嘉永頃まで江戸に出て大慶直胤にも指導を受けて江戸青山にも鍛錬所を設け青山打ちという刀を製作しております。性格は真面目な人格者であったとされ作刀上でも乱作は見られず、その誠意がよく出ております。本作もそうでありますが鎬地が細かく小板目風が多く相州伝風になる作品が多い為研ぎ減らされて古刀に化けている作品もあるため大変惜しまれることです。作刀は弘化頃から明治2年春頃まで。六十一歳で亡くなる。
葵美術より一言:この刀は品良く見事な研磨が行われております。生刃がかなり残っております。健全であることがはっきりといえます。また研磨は黒と青味がかかった素晴らしい研磨です。是非この名品をお求めください。
特別保存刀剣
新々刀大鑑所載(263ページ)
葵美術鑑定書:全身押し形
開始価格: ¥2,800,000
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オークション開始
2026/03/17 (火) 12:52 |
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