AS21445 短刀:左行秀

説明

ご注文番号:AS21445

短刀:白鞘入り、拵え付き(特別保存刀剣)(委託品)
左行秀と固山宗次その一類 所載品(p.107)

銘: 左行秀 

鞘書 左行秀 直刃出来見事なり嘉永頃に作 秘蔵の一  
昭和乙酉夏寒山誌

行秀優作也 四十四己酉7月21日アポロ月人立 柴喘
(柴田光男先生鞘書)

当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております
本作の出来は左行秀としては上々作にランクされる作品です。
研磨済み 上々研磨済み
はばき:金着一重
刃長:19.7センチ
反り:0.0センチ
目釘穴:1個
元幅:2.16センチ
重ね:0.6センチ
刀身重量: 130グラム
時代:江戸時代末期
体配:やや小ぶりの体配の良い短刀で
身幅尋常な重ねやや厚めの作品
地鉄:小板目実に良く詰んで地沸が微塵につき
仔細に見ると細かな地景が働く。
刃紋:沸出来匂口深めに直刃、二重刃を焼き
中程からは匂口深く帽子丸く先掃掛て返る。

特徴:左行秀は伊藤又兵衛盛重の嫡子として文化10年筑前国上座郡朝倉星丸の里で生まれた。
そして自ら筑前左文字39代目を持って任じており、
それを刻銘にした作品がある。天保初年に細川正義の門人の清水久良雄の鍛錬技術を学び、
弘化3年行秀は34歳の時に土佐藩工関田真勝広の勧めで土佐に下り蔓延元年の終わりから文久2年の
始め頃に彼は再び江戸に上り深川砂村の土佐藩邸に居所を変えて作刀を行い
安政2年10月に土佐藩工となったが慶應3年5月板垣退助との不和で同年夏に土佐に返り東虎と銘している。 
彼の作刀は明治3年で終わり晩年は明治20年75歳で亡くなるまで嫡子幾馬と横浜で蔵下と言われている。

拵:
鞘:木に上部は刻みを入れる。
目貫:円形の四分一に梅の木を彫る。船田一琴と銘がある。
小柄:一琴 と銘がある   刃の部分は百合の花を彫る。
笄:船田一琴義長 花押と銘がある。
返り角:栗型:縁頭: 鼈甲

葵美術より一言:左行秀の作風はそのほとんどが豪壮な新新刀然した作が多く
身幅の割に鎬幅が狭く鎬の高い作品が多い。地鉄は小板目肌の詰んだ鍛えに
流れ心の肌を交え地沸が厚くつき地景が入り刃紋は中直刃を基調として
浅くのたれ匂いが深く沸がついて金筋、砂流がかかり匂口が明るく冴えるなど
素晴らしい作品を制作する。短刀の制作はほとんどなく本作は極めて珍しい。 
鞘書に記載された寒山先生の秘蔵に一と記載されているのも珍しく
さらに裏には柴田先生が行秀優作也昭和44年7月21日はアポロが
月に人が立つと記念に鞘書きを行っております。
素晴らしい地金に匂口の深い直刃、二重刃を焼き上げ品格のある見事な作品です。
拵えも素晴らしい作品です。是非お勧めしたい作品です。
寒山先生の鞘書きに秘蔵の一と記載されているのも
興味が湧きさらに柴田光男先生の鞘書が裏に記載され
行秀 優作也 四十四己酉七月廿一日アポロ月人立柴喘
すなわち1969年7月20日の月面にアポロが到着し
21時間30分を経過したのちに地球に戻ったのです。
すでに49年の時代の流れに驚かされます。
この左行秀の短刀は大切に保存され現在至っているのです。
また、本作は左行秀と固山宗次その一類 所載品(p.107)左行秀押形図譜に所載されております。
滅多に出てこない左行秀の短刀は珍しく大変貴重であります。 
拵えも素晴らしく是非お勧めしたい作品です。

特別保存刀剣鑑定書
左行秀と固山宗次その一類 所載品(p.107)
葵美術評価鑑定書:全身押し形



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2021/09/30 (木) 11:40

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